週一回黄金になる羊

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ボカロはなぜ流行したのか

 ゲーミングモニターを買いました。

 テレビだと「ゲーム機から信号が出る~画面に表示される」までの時間にラグがあって、イカちゃんとかテトリスで不利だったし、何より音ゲーがまともにできませんでした。画面と音楽がずれちゃうんですよね。詳しくは「ゲーミングモニタ 応答速度」で検索検索。ゲーミングモニタだと問題ない程度まで軽減できたのでDIVAも全然できるし、なによりでっかい画面で鏡音を見れて僕はご満悦です。

 そんな僕が愛してやまないボカロことVOCALOIDですが、初音ミクの爆発的なヒットにより2010年代にインターネット上で一大ムーブメントを起こしました。15年経った現在でもyoutubeを中心に一ジャンルを築いていますし、出自がボカロPのアーティスト――米津とかヨルシカとか――も多数活躍しています。パラパラッパッパ!

本題:VOCALOIDブームのここがすごい!

 さて今では当たり前になったVOCALOIDですが、一体全体何が革新的だったのでしょうか?私は3つ理由を挙げますが、こういう時先に核心的なことを書いたほうがいいの?わからん、今回はどうでもいいことから書いていきます。

①歌えなくても良くなった

 自分で歌える人が今までは圧倒的に有利だったと思うんですよ。単に楽器が上手くたって超一流以外は名前が知られることもなく、いい曲書いたってボーカルの名前しか知られない。顔もライブパフォーマンスも評価される。世知辛い。

 一方、ボカロ曲の多くはDTMの進化も相まってパーカッション、弦楽器、ボーカルに至るまですべて一人で作られている。さらには曲以外の要素はPVくらいで、覆面を被ったように雑味なくリスナーに届けられる。これは今までギターしか弾けなかった人、ピアノしか弾けなかった人などに追い風になったし、作曲者自身が大きくフューチャーされることでモチベーションにもなる。あとは夢破れたバンドマンの敗者復活戦としての様相もあったしね。

 ちなみに僕の一番推してるPはギターベースしか弾けない人で、ドラムとボーカルは打ち込みで、ロックしか書けない。こういう人の曲を知ることなんてこの文化がなければ一切なかったと思う。

②マイナージャンルに存在場所を与えた

 例えば次の曲

 一応ジャンル的にはブレイクコア?になるんですけど(多分)、ブレイクコアの曲とか語れるコミュニティもほとんどないし、CD売り場も無えンだわ。しかしながらとりあえず雑多にボカロってジャンルに放り込めるのは地味に画期的だと思いますわ。

 上のは極端な例だけれども、オルタナティブ、アングラ、メンヘラチックな曲が確かなジャンル(仮)を持てたのはありました。オルタナティブってジャンルの表現雑すぎんじゃん。主流じゃない何かです!って言われたニルヴァーナ君がかわいそうだよ。

 まあそういうバンドとかって売れるの難しかったんですよ。たとえば新潟で仄暗い音楽作っても好きになってくれる人の数なんてたかが知れてるし。東京でもきびしいよ。みんなとりあえず「VOCALOID」ってタグで検索して聞いてくれるので、へんなジャンルの音楽作っても埋もれづらかった(従来比)。インターネットはマイナーな需要と供給を満たすのにぴったりなプラットフォームだったね、ってのはあります。

③作り手からダイレクトにリスナーに届く!

 一般的に、ミュージシャンは小規模なライブやオーディションの成功を経て、レコード会社と契約し、音楽プロデューサーや広告会社なんかの影響を受けながら作曲するわけなんですが。それって本当にミュージシャンの作りたかった音楽だったんですか?っていうのが頻発するんですよ。よくいるじゃん、迷走してつまんない曲書く人。あれだよあれ。

 インターネットの発達は音楽業界にも大きな影響を与えました。ボカロ文化っていうのはまさにその代表的な例で、無名の誰かが作った曲を世界どこでも聞けるようになったのです。もうテレビやラジオを介す必要がないのです。正気を保った大人たちが下らんと吐き捨てて、公共の電波に乗せなかった音楽を書いてもいい時代の到来です。玉石混淆の曲の中で、自分の好きな曲を自分で見つける楽しさは確実にありました。

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 未だにVOCALOIDから抜け出せませんが、抜け出す気持ちもありません。王道の音楽では満足できない斜に構えたカスたちのための音楽として愛していきたいと思います。VOCALOIDは音楽を好きになったきっかけですが、ただ最近は現代音楽の源泉はどこにあるのだろうという興味からクラシックを聴くようになって、ピアノも練習中です。楽器弾くの楽しいよ。マジで雑記だな。おつ。